タイ料理屋で働いていた頃の話・その2

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ボクが大昔にタイ料理屋で働いていた頃の話、前回は揉めまくってもうヤバい!となって、タイ人側のボスと話し合った、ってところまでを書きました。結構、色んな方に読んでもらえたみたいで、嬉しかったり。メールとかも頂いたりしてまして、感謝です。できれば、こちらから読んでいただけると、下のテキストもよりわかりやすくなると思います。

http://bkk9.net/2016/02/14/thai-restaurant-story/

さて。その話し合いがあった日の夜、ボクはオーナーに電話をかけました。内容としては

  • スーツではなくて他のスタッフと同じ制服で仕事をしたい
  • 店長の肩書もなくして欲しい
  • 全スタッフの名前・年齢の一覧が欲しい
  • タイ料理のレシピ本などがあれば貸して欲しい

上記が主な内容でした。まず、肩書やスーツを脱ぎたかったのは仕事をしにくかったのもあるんですが、形から入ろうと思ったからです。スタッフと同じ制服を着て、ボクはあなた達と同じスタッフです、偉いわけじゃないです、とわかりやすく見せたかったのです。自分としてもそこから再スタートすべきだ、と思いました。

スタッフの名前と年齢に関しては、恥ずかしいことにこの時点でも未だ全員の情報を把握できていませんでした。今まで飲食店で仕事をしていた時は、名前や年齢はもちろん、誕生日や恋人・配偶者・子供の有無、髪を切ったかどうか、その日の顔色まで把握して、何か少しでも変化があればマメに声をかけるようにしていました。持論として、どんなに忙しかったり大変なことが起こった時にでも、最終的に効いてくるのは『如何にそのスタッフのことを理解していることか』だというのがあったからです。

でも、ここで働き始めた時には何故かその持論がすっぽりと抜け落ちていました。情けないことですが、タイ人スタッフのことをどこかで下に見ていたのではないかと思います。出稼ぎに来ている、貧乏なタイ人。日本語もできないし、こっちの言うことを聞くしか無い立場だろうと思い込んでいたわけです。そんなにケアしなくても、向こうから尻尾振ってくるのが当たり前、というか。こうやって書いていても、ホントに嫌なやつですね。自分でもうんざりします。ですから、そこも全面的に改めていつものスタンスで臨むことに。声をかける時は、必ず名前を呼ぶ。誕生日にはカードや小さな贈り物をして、全員で祝う。年上には敬意を表し、キチンと敬う。些細なことも気にかける。そう、普通にやるべきことをやり始めました。

ちなみにフロアのアルバイトの子達は留学生が大半だったんですが、そもそもタイから留学してくるだけの財力のあるとこの子達なので、実はお金持ちの子ばかり。タイではアルバイトなんてやったこともない、って子が多かったのも扱いにくかった要因の一つではありました。コックさん達は、結構大変な所の人達も多かったですが、日本でガッツリ働いて自分の田舎に家建てたり、エビの養殖場作ったり、子供の教育にお金かけたりとタイではそれなりに裕福な暮らしをしていた人も多かったです。

そしてタイ料理のレシピ本に関しては、オーナーからかなりの冊数を借りることが出来ましたが、タイ語と英語のものばかりで日本語のものは無し。とは言え、写真は付いているし、材料の一覧なども見ることができるので料理を覚えるという目的には十分でした。

早速、次の日から行動開始です。当時、店のオープンは11時30分でしたが、ピープイは7時30分過ぎには店に来て仕込みを始めていました。ちなみに彼女は当時45歳ぐらいで、ボクよりは一回り以上の年上。ボクは9時に出勤してオープンの準備などをしていたのですが、それを早めて彼女と一緒に出勤、仕込みに付き合うことにしたのです。他のコック達は8時〜9時あたりに出勤してきていました。飲食店で仕事をした経験はありますが厨房に入っていたわけではありません。ですから仕込みに付き合うとはいっても、料理そのものができるわけでもないので、ゴミを捨てたり、洗い物をしたり、野菜の皮むきしたり、と要は厨房で雑用をしたのです。また仕込み前のタイ野菜や厨房にあった調味料をレシピ本を見て確認しはじめました。朝からに出勤して来たボクに、彼女は一瞥をくれただけで何を言う訳でもありません。とはいっても無視するわけでもなく、こちらが聞いたことに対して、例えばレシピ本の中の野菜の名前の読み方や、調味料の味などに関しては普通に答えてくれましたし、味見もさせてくれました。

彼女は、毎日先ず最初にほぼ全ての料理に使う鶏ガラ出汁のスープを大きな寸胴にとるところから始めていました。それが終わるとランチに使う様々な食材の下ごしらえを始めます。ランチは日替りが2種類と定番が3種類。日替りは前の日の余った食材や足の速い食材などから検討されます。ボクはそのメニュー達も、一つ一つ覚えていきました。他のスタッフが出勤してくると、彼女は次々に指示を出します。毎日10時すぎぐらいにはほぼランチの仕込みが終わり、そこから厨房スタッフの朝ごはんです。この朝ごはんも彼女が作ります。日本だと賄いは一番下っ端のコックさんが練習がてら作ったりするんですが、彼女は自分も美味しいものを食べたいから他のコックに作らせるぐらいなら自分で作ると言い切っていました。

しかし朝から厨房に出勤した日から1週間経っても、ボクの分の朝ごはんは出てきませんでした。あらら…でも、そんなことは想定内。みんなが朝ごはんを食べ始める時間には、ボクはフロアに戻っていますし、前の日に買ったおにぎりを朝ごはん用に持ち込んで食べていました。もちろん昼の賄いもみんなとは別に、例のお客様に出しているメニューのままでした。彼女以外のコックは、ボクが朝からいることに初日こそ驚いていましたが、1週間もするとその状況には慣れたようで、朝の仕込みをしながらカタコトの日本語で軽口を叩くまでに。ボクもなんとなく打ち解けてきたかなぁと思ってた、ある朝。仕込みが終わり朝ごはんの時間になった時、男性コックの1人がピープイに言いました(当時はまだタイ語がわからないので、言ったコックを後で呼んでフロアの子に訳してもらった)。

『ガォも朝からいるんだし、ごはん一緒に食べてもイイんじゃない?』

ピープイはそのコックをチラリと見ます。このチラリは本当に怖い目で、彼女の得意技でもありました。そして早口のタイ語でその男性コックをまくしたてます。軽口の飛び交っていた陽気な厨房内の雰囲気は、一気に凍りつきました。鶴の一声、ボスの一喝。男性コックは若干うなだれながら彼女の話を聞いています。しかし、その横にいた二番手の女性コックも男性コックに同調したようで、一緒にピープイと話し始めました。しばらく話しているとなんとピープイが前掛けを外して外に出て行ってしまいました!ぎゃぁ!話の内容はよく分からなかったボクですが、とりあえず彼女を追いかけました。でも、彼女に取りつくしシマは無く、あっという間にロッカールームへ。そのまま私服に着替えて出て行ってしまいました。

厨房内はザワついていますが、ランチタイムも迫っています。とりあえず朝ごはん問題は後回し。二番手のコックが指示を出し始めランチタイムの対応です。タダでさえ戦場になるランチタイムにピープイがいないとなると本当にヤバい!厨房のスタッフはみんな一心不乱に働き始めました。ボクらフロアスタッフもできることをして、オープンに備えます。と、オープン寸前の11時15分頃にピープイが戻ってきました。普通にコック服を着ていますし、手にはあずきバー。みんながあっけにとられる中、彼女はあずきバーをワシワシと食べきって、自分のいつものポジションに戻りサクッと仕事を始めます。なんて自由!後で聞いた所、実はボクにも朝ごはんを出すつもりでいたタイミングで男性コックに先に言われてしまい、更に二番手までが彼の味方をしたので、腹が立つやら、情けないやらで、どうしたらいいかわからなくなって出て行ったらしいのです。でも大好きなあずきバーを食べてたら気持ちが落ち着いたので戻ってきた、と。マジで自由!しかし、この頭に来ると後先考えなくなるというのは、タイ人あるあるだなぁとか思いますw

そして、その日のランチも無事に終わった昼休み。コックとフロアスタッフが賄いの準備を始めます。厨房のテーブルの上にピープイが作った料理が並んでいきます。普段だと、その料理を作る前にボクに先に料理が出されるのですが、この日は未だ出てきていません。スタッフの昼食が全て出来上がった時に、ピープイがボクを呼びます。

『そこの皿に自分の食べたいだけご飯をよそって、適当に座んな!』

最初は意味が分からなかったのですが、そうです、ついにみんなと一緒に賄いを食べる許可が出たわけです!この時は、なんだかホントに嬉しかったですねぇ。他のスタッフも、ニヤニヤしながらボクが座るのを見ていました。そして、ボクもみなと同じように皿にご飯を盛り、スプーンとフォークをもらって食事開始です。

食事が始まれば、いつもの雰囲気。ワイワイと食べ進めます。朝の一件は、もう微塵も感じません。この辺の切り替えの早さもタイ人あるあるだと思います。そして賄いはどれもこれも、もちろん旨い。タイに遊びに行って食べた、大好きなタイ料理の味でした。あー、そうかボクはコレが食べたかったんだよなぁ、とシミジミ。食事が終わるとピープイがボクを呼びます。通訳でフロアスタッフの彼女も一緒に。そこで言われたのは以下のことでした。

  • これからはもう朝の仕込みには付き合わなくてイイ
  • 昼も夜も賄いはスタッフと一緒に食べろ
  • 私達も身近に日本人がいて心強いし安心している
  • 今まで違う賄いを出していた理由

朝来なくていいというのは、もうお前の姿勢も考え方もわかった、聞きたいことがあれば通常の勤務時間でも教えるから大丈夫だ、との事。賄いに関しても、普通にみんなといっしょに食べなさい、と。

タイ人達は日本で暮らしていると、様々な問題に当たることがあります。この店のコックは全員、きちんと調理人としてのビザを取って来日していましたが、それでも職質に会うことがあったり、故郷に物を送る必要があったり、品川の入管や区役所に出向く必要があったり、体調を崩して病院に行ったり、と日本人がいて助かる場面も多かったのです。それらをボクは仕事がてらやっていたので、その部分は感謝してるし、頼りにしているんだ、との事。

そして、今までみんなと違う賄い、お客様に出すメニューをボクに出し続けていた理由を聞いて、ボクは彼女の優しさと懐の大きさを知ることになります。彼女は、ボクがタイ料理が好きだと言ってもまだまだ知識量が狭く浅いのが残念で、せっかくタイ料理屋で働いているのだし、そんなにタイ料理が好きなのだったら、色んな味や種類があることをキチンと覚えて欲しかったのだ、と言うのです。ボクは勝手に爪弾きにされていると思っていたのに!確かにその店のメニューにはマニアックなものからポピュラーなものまで、北・東北・南とまんべんなくタイ料理が並んでいました。それを一つ一つキチンと見て、食べてみて欲しかった、と。言われてみると、これも当たり前の話で、メニューの味や食材の確認など、今までの飲食では普通にやっていたことでした。

不覚にも、ボクはココでホロリと涙を流していました。自分の不甲斐なさと、情けなさと、疲れと、なんだか色んな感情が重なったんだと思います。彼女は驚いて、謝ってきました。ボクは、謝るようなことじゃないんだ、こちらこそ今まで申し訳なかった、と話しました。そして、この日を境に彼女たちスタッフと心が通ったという自信が持てるようになりました。同じものを食べ、同じ思いをしながら、無理に気負うこともなく働くことができるようになっていったのです。

しかししかし、未だタイ語には手付かず。何しろ言っていることが全くわからないままです。それでもフロアスタッフの通訳の助けなどもあり、そのまま働き続けて3ヶ月ほど。レシピ本での食材勉強の成果が出てきたのか、ある日突然厨房での言葉が耳にクリアに届き始めました。タイ語での『単語』が聞こえてくるようになってきたのです。そうすると、トムヤムクンも、トム、ヤム、クン、なんだと言うことが理解できてきます。一つわかると、わからない部分を聞く・調べる…と、続けていく内にある程度の食材・調味料の名前、調理方法のタイ語を覚えます。そうすると、ほとんどのメニューが理解できる事がわかったのです。

ヤムウンセン → ヤム=和える(タイ式サラダ全般)、ウンセン=春雨 → ウンセンを覚えた!
ウンセンパッカイ → ウンセン=春雨、パッ=炒める、カイ=玉子 → パッ、カイを覚えた!
パップリックムー → パッ=炒める、プリック=唐辛子、ムー=豚 → プリック、ムーを覚えた!

って感じで、ドンドンと語彙が繋がって増えていきます。ドラクエのレベルアップ音が頭の中で鳴り続ける感じ。タイ料理の名前も意味がわかってしまえば日本で言うところの「豚の生姜焼き」と同じ方法で付いている名前なわけです。そうすると、厨房の中の会話もメニューに関することは徐々に聞き取れるようになってきます。数カ月前には猫や小鳥の鳴き声にしか聞こえなかったあの呪文が聞き取れるようになってきたのです!お客様に料理を出すタイミング指示も、フロアスタッフの通訳を経ずにできるようになってきました。

と、長くなってきたので今回はここまで。次回は、更なるタイ語への挑戦が続きます。

http://bkk9.net/2016/02/28/thai-restaurant-story3/

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