日本とタイではやっぱり違うなと感じる親との距離感の話

どもども、放蕩息子を絵に描いたような人生を送ってるガォです。

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タイでボクが出会った人たちは、みな一様に目上の人、そして親をもの凄く大切にします。これは、男性、女性どちらも同じです。日本で、男の子が母親を大事していたらマザコンなどと言われてしまうかも知れないですが、母の日のFacebookのタイムラインは、母親とツーショットで笑う息子の写真で埋まったりします。豪華な食事や、旅行に連れて行ったり。低所得者層でもハイソな人たちでも、この傾向はあまり変わらないと思います。小さい頃から親を敬うことを教えられてきているので、きっとDNAレベルで染み込んでいるんでしょうね。水商売している子たちの中には、ほんとにロクでも無い親が金を無心してくるのに対して、文字通り自分の身を削ってせっせと仕送りをする子も少なくないですよね。傍から見てると、どうしてそこまでするんだろう、と思ってしまいます。実際に聞いたこともあります。

自分も大変なのに、どうしてそこまでするの?

だって親だから。

答えはいつも単純です。そう、親は絶対なんです。そこに疑いや曇りはないんです。この感覚、現在の日本ではあまり無いんじゃないでしょうか。もちろん敬う部分はあるにしても、ここまで厳格じゃない気がするんですよねぇ。なんというか、距離感が違う。って、ボキャブラリが少ないので抽象的な言い方になっちゃうのですが。

実は、ボクは日本にいる時に両親、特に父親と会話をした記憶があまりないんですよね。高校出ると同時にバイトしながら一人暮らしを開始して、大学に通い、卒業、就職して、、、と、ほとんど実家にも寄り付いてなかったりするので、大人になってからちゃんと話すということは皆無だったかもしれません。その分、いろんな大人と出会って話をしたりしました。思えば就職とか結婚、店舗起業、運営とかも含めて、一切親には相談などすることも無かったです。父親とは、ほんとに話した記憶が無いです。病に倒れて入院した時に、初めて少し長く話したかな、という程度でした。まぁ、そう感じているだけで両親からしたら、たくさん話していると思っているかもしれないのですが。今思うと、父親もボクとの距離の詰め方を迷っていたのかなぁ、と思ったりもしました。もちろん、ボクみたいなのがマイノリティだろうというのもわかっていますよ。一般的な日本の親子関係が当てはまる感じではないです。もう少しコミュニケーションあると思います。でも、日本のそれと、タイのそれではかなり違う気がするんですよね。なんだろうなぁ、あの信じ方は。

タイの人たちの、目上を敬う行動や思いの数々は時に問題を抱えたりもするけれど(前記の水商売の子たちの例は典型)、タイがタイっぽさを維持している根幹な気もしています。これがあるから、ギリギリで秩序が保たれているというか。近年、タイも色々とドライになっている部分もあるみたいですが、この感覚は残り続けてほしいなぁ、と思います。考察とかオチとかは何にもないんですが、書きたくなって書きました。

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